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読書感想文の意義

思想
04 /22 2017
最近は、車の運転にも慣れて、無事社会人として生きていくことができています。

さて、小学校や中学校で一度は経験したであろう、読書感想文。
何故こんなものをやる必要があるのかと思った方も多いはずです。

こちらのサイトでは、読書感想文の意義について
①読書感想文を書くことによって文章力がつく
②このことをきっかけに本をたくさん読んでほしい
③本を読んでもっとたくさんいろいろな知識をつけてほしい
の3点を主にあげています。

たしかに、それらの側面もあるかと思いますが
私としては読書感想文は、
筆者の意見を理解するための重要なトレーニングの機会だと思っています。



勉強、研究、仕事、スポーツ、あらゆる分野においていえることだと思いますが、
座学などのインプットにいくら時間を割いても、実際に問題を解いたりすることはできません。
必ず、自分で実際に問題を解いてみる、やってみる、などのアウトプットが必要となります。

受験勉強などでよくある間違いが、
教科書を読むだけ、または、解答について「分かった」と思っただけで
勉強したと思っているパターン。

しかし、解答を見て「分かった」はずなのに、いざ、問題を解いてみようとすると、
これが、なかなか解答を書けない。
この原因はアウトプットが足りないことに起因します。
すなわち実際に問題を解いて、解答が合っていて初めて「理解した」となるのです。
※私は地方駅弁卒なので、天才についてこれに当てはまるかどうかはわかりません。

読書というのは、間違いなくインプット側に分類されます。
じゃぁ、読書で得た知見を本当に「理解した」と言えるようになるには、
すなわち読書でアウトプットをするにはどうすればいいかというと、
それが読書感想文になるのかなと思っています。

文書としてアウトプットするために読書すれば、漫然と読書するよりもより深い理解が可能になるかと思います。

おそらく、読書感想文の課題はこの意図もあって、長年、課されて来たのではないでしょうか。
ただ、小学生や中学生に上記の狙いを分かってもらうのは難しいでしょう。
また、教える側の先生も、感想文課題の意図についてはあまり考えていないのではないでしょうか。

なんとか課される課題を有意義なものにするためには、やはり、
個々人の親が、教育について理解を示し、導いてあげることが重要になってくるのだろうなぁ、と思います。

まぁ、私は読書感想文なんて書いたことないけどな
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失敗を恐れるな

思想
02 /20 2017
「失敗を恐れるな」
ビジネス,アカデミック,および,アスリートいずれの世界においてもよく言われる言葉です。

最近,思っていることは,「失敗」=「間違い」を恐れるばかり,
自身の発言について遠慮している人間が多いのではないか,ということです。

人間,特に若い内は絶対的な経験値が少ない故,狭い世界から判断をしがちかと思います。
自身を振り返っても,中高の時から変わっていない考えもありますし,180°変わった考え方もあります。
そのような経験をしていくうちに,「今考えていることが間違いかもしれない」,「あとで考えが変わるかもしれない」
と,発言ができなくなり,萎縮してしまうこともあります。

ただ,結局のところ,絶対的な正しさなんてものは存在せず,その正しさは数多の人間に決められることです。
そんな「正しさ」に固執する必要もありません。
にも関わらず萎縮してしまい自身の思っていることが発言できないのは,もったいないですし,
「正しさ」を決定する場にも参加することはできなくなります。
「正しさ」というのをある種「民意」と置き換えても同じことで,
お互いの考えを発言しあい,意思決定してく民主主義に通じることがあります。
(ここで民主主義の是非は問いません,この話の続きは今後また書こうかと思います)

SF5

大学院生時代は化学の力で植物を研究していました。会社では油と戯れる予定です。

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